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熱血!久美子塾21:入学試験肯定論2010-03-18 西 久美子
試験のための勉強をさせないで、伸び伸びと子どもの 好きなことをさせたい。」とお考えになる保護者の方がいらっしゃいます。入学試験を、子どもから自由を奪いとり、子どもをがんじがらめに勉強に縛り付けるから良くないのだというお考えです。試験があるから子供がだめになってしまう、ひいては社会も駄目になるという議論です。 つまり、「試験悪者論」です。また、試験はやむをえず受験しなくてはならないものだという考えもあります。 はたして「試験」は悪なのでしょうか。だから、試験は無くさなくてはならないのでしょうか。 今回は、このことについて考えたいと思います 大人の世界には「試験」はないのでしょうか。 そう考えてみると、医者は、手がける手術には一つもミスすること無く成功するのが当たり前です。パイロットも、乗客を安全に且つ定刻通りに目的地まで運ぶことが当たり前です。失敗は絶対に許されません。 うっかりしていたから、気付かなかったからできなかった、という言い訳は一切通用しません。もしそうなら、厳しい刑事罰の対象になります。 いかなる仕事に就いているとしても、完璧にやり遂げることが当たり前です。そして、お客様から、上司から、部下から、厳しい評価を受ける事を前提にしています。 わたくしたち教師にとっても、日々の授業の一つ一つが「試験」です。予習を120%しておくのは当たり前。先生が「わからない」ということは許されません。そして、生徒が理解できるように、わかるように教えて当然です。かつ、1回1回の授業で成果を出さなければなりません。 そうです。大人は毎日が「試験」なのです。 入学試験は長くても1ヶ月ほどで終わりますが、社会で生きる限り「試験」は一生続きます。「試験」を逃れることは決してできないのです。 「試験」のない世界は妄想でしかありません。であれば、「試験」を子どもを成長させる一つの機会としてて捉え活用する方が、より現実的なのではないでしょうか。 西 久美子 |
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