僕の昭和史

2009-07-30 阿蘓 政志

僕は1957年生まれです。和暦ですと昭和32年生まれになります。母は、昭和9 年生まれですから西暦にすると1934年生まれになります。

第二次世界大戦(大東亜戦争)が1939年から1945年ですから、母は、5歳から11 歳まで、僕は戦後12年で生まれた事になります。それがどんな意味をもってい るのか最近やっと理解できるようになりました。これからしばらく僕の理解し た戦争の意味とそれにまつわるお話をさせていただきます。

とりあえずは序章として家族の馴れ初めから

母は、北海道の余市郡仁木町(よいちぐん にきちょう)という小さな町の仁 木神社の神主の娘として生まれました。

仁木町 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E6%9C%A8%E7%94%BA

祖父は、小樽生まれで小樽の住吉神社で修行中に仁木神社の神主の娘に惚れて 養子として結婚したそうです。母が小さい時に家族は、その当時の流行性感冒 で祖母と祖母の両親が死亡してしまいました、祖父は生き残った子供を連れて 小樽へ引き上げました。

その後小樽市役所に勤めていましたが妻の死に絶えられずに毎晩の様に酒を飲 んでは日本刀を振り回して暴れたいたとの事です。それを見かねて兄弟が戦時 中(第二次世界大戦)だったので「お国のために兵隊になったら」と言われた のがきっかけで職業軍人になり戦地に行き南方で戦死しました。

当時神官であった祖父は軍に徴集されることは無く祈願兵として職業軍人にな ったのです。

残された母をふくめた子供たちは両親を無くし、父方の祖父母に育てられまし た。そんな経験をしたので母は今でも戦争に関わる話題は大嫌いで、夏になる と放映される第二次世界大戦に関わる一切のTVは観ません。その影響か僕も戦 争について母と話す機会は少なかったとの記憶があります。

しかし、近年、年を重ねると共に自分の日本人としてのルーツを知るという事 に興味を持ち始めました。とくに子供をもってからは自分が日本人としての誇 りを持たない限り子供に対してまともにしつけができないのではないかと考え るようになりました。

特に子供の頃母に聞いた「ある日学校に行ったら教科書が墨で真っ黒になって いた」という話しを思い出すと第二次世界大戦直後になにか大きな変化があっ たのだろうとは、子供の自分にも理解できました。

最近やっと日本研究所の推薦書から当時起こった事が理解できました。それと 日本人の持っているすばらしい歴史観となぜ明治維新が出来たのか、西欧諸国 の植民地とならなかったのか。

また、最近では近代史(19世紀以降)における日本の位置付け、世界趨勢の変化 なども理解できるようになりました。

 
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